『けいおん!』リクエストSS・梓短編「カゼトメロント」

ぽかぽかと暖かかった小春日和もいつの間にか遠くへと行ってしまい、本格的に寒さが増してきた12月上旬のある日。放課後、教室の掃除を終えた私はギターの入った黒いケースを背負い、いつも通りに音楽室へと向かった。
「こんにちは?」
「あっ、あずにゃんだ?!」
「おお、梓来たか」
「よっ、梓」
「こんにちは、梓ちゃん」
木で出来た横開きの戸をガラガラと開けて音楽室へ入ると、四つの声が中から私を迎えた。ギターの唯先輩、ベースの澪先輩、ドラムの律先輩、キーボードのムギ先輩。四人は相変わらず練習もしないで、室内に置かれた大きなテーブルの上にティーセットを広げ、お茶会に花を咲かせていた。
「また練習してないんですか? いい加減ちゃんと練習してくださ……」
いい加減言い飽きた文句の言葉を仕方なく発して先輩たちを諌めようとした私だったが、ふとこの空間に違和感を覚え途中で言葉を飲み込んでしまった。何だろう、この光景は見慣れているはずなのに、どこかいつもと違う気がする。例えばそう、何かが足りないような……。
「あ」
室内を入念に見回して、ようやく私はその違和感に気付いた。
「サク先輩はまだ来てないんですか?」
そう、女子たちがティータイムを楽しんでいる裏でBGMを奏でるようにギターを鳴らしているサク先輩が、今日に限ってこの場にいなかった。ほとんど毎日部活に来ている先輩だったから、つい今日もいるものだと錯覚してしまったらしい。
「あ、咲夜は今日学校来てないんだ」
「なんか風邪引いたらしいぞ?」
私の疑問に澪先輩と律先輩が続けて答えた。特に感情を込めるでもなく、淡々とした口調だった。
「風邪……ですか?」
そんな二人とは対照的に、私は内心かなり驚いていた。誰もが完璧超人と評する――もちろん私もその一人だ――サク先輩が風邪を引いて学校を休むという状況を、すぐに想像することができなかったからだ。
「だ、大丈夫なんですか? サク先輩がダウンする風邪って、相当重い風邪とかじゃ……」
「いや、サクだって人間なんだから風邪くらい引くだろ」
律先輩が珍しくまともなツッコミを入れた。普通なら律先輩の考えが正しいんだろうけど、あのサク先輩のことを思い浮かべると、やはり喉の奥に小骨が詰まっているような思いがした。
「そーだ! じゃあみんなでさっくんのお見舞いに行こうよ!」
もやもやした私の気持ちを払拭したのは、ケーキを幸せそうに頬張っていた唯先輩の一言だった。「それはいい考えね」と、カップに紅茶を注ぎながらムギ先輩が同調する。
「でも、あんまり大人数で行くと迷惑じゃないか? それに、咲夜の家って、その……」
「あー、確かに、サクの家ってあれだもんな……」
ちょっと気まずそうに澪先輩と律先輩が言葉を濁している。私にもなんとなく何を言いたいのかは伝わってきた。ムギ先輩も二人の意図を察したのか、ポットを抱えながら苦笑している。
「さっくんの家ってちっちゃいもんね?」
『(何の遠慮もなく言ったー! さすが天然!)』
またも唯先輩がズバッと核心に斬り込んだ。天然って恐ろしい、とその場にいた全員が思っただろう。でも、人が遠慮して言えないことを何の気兼ねもなく言えて、それなのに周囲に不快感を与えない唯先輩の不思議な特質は、ある意味持って生まれた才能なのかもしれない。
因みにサク先輩の家は八畳一間でキッチン・トイレ付きという、一人暮らしにしては十分かもしれないけれど、お世辞にも軽音部のメンバーが全員入って快適なほど広い間取りとは言えないものだった。
「でも、放っておくのも可哀想じゃないですか? もしかしたら一人じゃ動けないくらい重い風邪かもしれないし……」
「さっきから梓、随分サクのこと心配してるな?」
私のサク先輩を心配する態度をどう勘違いしたのか、律先輩がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて私のことを見てくる。
「べ、別にそんなことないです! 病気の人のことを心配するのは普通じゃないですか!」
「じゃあ、あずにゃんにお見舞いに行ってもらえばいいんじゃない?」
「えっ?」
「そうね、それがいいかもしれないわ」
「ち、ちょっと待ってください! 私一人で行くんですか!?」
「大丈夫だって。サクは風邪引いてるんだから、襲われたりはしないよ」
「そんな心配してません!!」
三度(みたび)、唯先輩の一言で話の方向が変わる。今度はムギ先輩だけじゃなく律先輩も乗ってきて、あっという間に私がサク先輩のお見舞いへ行く流れになってしまった。しかも律先輩は変なこと言い出すし。お、襲われるって……そんなこと考えてないもん!
「お、おそ、おそわれ……」
因みに澪先輩は律先輩の言葉に顔を真っ赤にして一人うろたえている。本当に純情なんだなぁ、澪先輩……。
「はぁ……。わかりました、行きますよ」
なんだか上手く丸めこまれた感じだけど、サク先輩が心配なのは本当だし、私は一人でお見舞いへ行くことに決めた。
「じゃあ、これお見舞いのフルーツよ。ちょっと重いけど、持てる?」
ムギ先輩から手渡されたのは、よく入院患者のお見舞いに行くときに持っていくような、バスケットに入ったフルーツ盛り合わせ。まるでこうなることを予期していたかのような準備のよさに、私はムギ先輩の底知れないポテンシャルを感じ取ったのだった。
「あ、ムギちゃん、これもそこに入れといて?♪」
私がムギ先輩に畏敬の念を表しているうちに、唯先輩が“何か”をフルーツバスケットに入れようとしていた。カチューシャのようなアーチを描いた黒い本体に、先が尖がった二つの突起が付いている。それはまるで……いや、むしろまさに……。
「ネコミミじゃないですか! そんなの入れないでください!!」
「え?、いいじゃん。きっと使う時が来るよ?」
「絶対に来ません!」
唯先輩の頭の中は一体どうなっているんだろう。私には一生かけても理解できそうになかった。
「あれ、でも梓って咲夜の家行ったことあったか?」
すっかり唯先輩のペースにはまってグダグダになりかけていた場を、澪先輩の鶴の一声が引き戻してくれた。さすが澪先輩です!
「あ、それなら大丈夫です。前に一度だけ行ったことありますから」
私は他意なく、本当に何気なくそう答えた。それなのに律先輩はまた何を勘違いしたのか、執拗に食い付いてくる。
「へ?、いつ行ったんだ? 確か私たちと一緒に行ったことはないはずだけど?」
「ぎ、ギターの調子が悪かったからちょっと見てもらっただけです! 別に変なことはしてません!」
「ん?? 私は別に“変なことした”なんて言ってないんだけどな?♪」
律先輩がドヤ顔で私を見つめてくる。う、もしかして自爆した……?
「そうか?。私たちの知らないところで、人知れず愛を育んでいたんだな、梓……」
「抜け駆けだよ、あずにゃん!」
「凄くいいと思うわ?♪」
「そ、そうなのか、梓?」
「だから違いますって!! もう……行ってきます!!」
律先輩の心象悪い言葉に、三者三様の反応を見せる先輩方。形成の圧倒的不利を感じた私はこれ以上音楽室にいても自分の首を絞めるだけだと思い、半ば逃げるように音楽室を飛び出した。ビシャン、と戸が閉まる音を背に、私は小走りで廊下を駆けていった。
「全く、からかいすぎだぞ、律」
「澪も乗ってただろうが! うーん、でもあの二人、結構いい感じだと思うんだけどなぁ……」
「ねーねームギちゃん、私たちのおやつは??」
「ケーキがあるわよ」
「わーい! 食べよ食べよ!」
「もう興味なくしたのか……」
「唯らしいな……」

***

「もう、先輩たちは誤解してますよ……!」
あれはまだ暑さが残る八月の終わり頃だった。文化祭を間近に控え、やっと軽音部の練習にも熱が入り始めた矢先、私のギターの調子が悪くなり音が上手く出なくなってしまった。本格的に壊れて音が出なくなったのが休日で、しかも行きつけの楽器屋さんがその日に限って休みだったので、一日でも練習を休むのが惜しい私は、ギターに詳しいサク先輩の家へお邪魔してギターを見てもらうことにしたのだった。その時以来先輩の家へは行ってないし、別にそのとき何かがあったわけでもない。ただ――まさかあんなにちゃんと直るとは思ってなかったけど――先輩にギターを直してもらって、ついでにギターの弾き方を教えてもらったくらいだ。普段音楽室でやっている練習とほとんど変わらないし、ましてや先輩が期待しているだろう“変なこと”は何もなかった。第一、サク先輩に限ってそんな間違いは犯さないはずだ。軽音部のなかではおそらく一番まともな人だし、万能なイメージから周りに「肉食系」な印象を与えている先輩だけど、実際は結構「草食系」な要素も持ち合わせている人だと思った。
そんなことを延々と考えているうちに、いつの間にか目の前にサク先輩が住んでいる貸家があった。学校からそこまで離れた場所でもないし、私の家と方向が一緒だったので体が覚えていたらしい。
「先輩、寝てるかな……?」
階段を上がり、チャイムを一回鳴らす。ピンポンと小気味よい音が辺りに響いた。
「はーい?」
チャイムを鳴らして数秒、家の中からサク先輩の声がした。どうやら起きていたみたいだ。私はちょっとほっとする。
「あ、先輩! 梓ですけど、お邪魔していいですか?」
「梓!?」
扉を一枚隔てていても鮮明に聞こえるくらい大きな声で先輩が叫んだ。なんだろう、私がお見舞いに来ることがそんなに驚くことなのかな?
「……悪いんだけど、帰ってくれないか?」
「えっ……な、何でですか!?」
予想だにしなかった先輩の言葉に、私は驚きを隠せなかった。もしかしたら嫌われているのしれない、そんな負の感情が私の心を支配する。
「いや、来てくれたのは嬉しいんだけど、もし風邪うつしたら嫌だからさ。だから……」
しかし、続く先輩の言葉に、私の心配は杞憂に終わった。どうやら、先輩は私の身を案じて帰れと言ってくれているらしい。こんな時まで他人のことを考えているのが、優しい先輩の良いところであり、同時に悪いところでもあると思う。
「そんなこと気にしないでください! 今は先輩が風邪引いてるんですから!」
「いや、でもなぁ……」
「それよりこんなところにずっといる方が風邪引いちゃいますよ。だから入れてください、サク先輩」
私はなんとか先輩に中へ入れてもらいたくて、わざと語調を和らげ、甘い響きのする声で先輩に語りかけた。何だか少し魔性の女になったみたいでドキドキした。
「……わかったよ。今開けるから」
そんなリトルデビルガールの誘惑に負けたのか、それとも私がどうやっても引き下がらないだろうと諦めたのか、とにかく先輩は私を中へ入れる気になってくれたようだ。一歩一歩扉に近付く足音が聞こえ、ガチャリと鍵が開く音がすると同時に、先輩が扉の影から姿を現す。
「おはよ、梓」
「おはようございます、先輩」
今日初めて見るサク先輩の顔。いつもの快活そうなイメージと照らし合わせると、それは見るからに体調が悪いひとのものだった。熱があるのか、顔が普段より赤みを増している。
「悪いな、わざわざ来てもらっちゃって」
「いいんです! 私が来たかったんですから!」
お邪魔します、と小さく呟いて玄関へ上がる。先輩の靴の隣に自分の靴を並べて立ち上がり、短い廊下を先輩の後に付いて歩いていく。
「大丈夫……じゃなさそうですね」
「あー、咳は出ないんだけど、熱が凄くてな。歩いてるとこう、ふらっとして倒れそうに……」
と、突然サク先輩の体がぐらっと横に傾いた。
「せ、せんぱいっ!?」
私は慌てて先輩の脇に回り込み、そのまま通路の壁にぶつかりそうになる先輩の体を渾身の力で押し戻した。あ、危なかった……。
「わ、悪い……」
私に体を支えられながら、力なくお礼を言う先輩。腕を離したらまた倒れてしまいそうだったので、私は先輩の腕を取って部屋の中へと先導していった。
「先輩は寝ててください。私が色々やりますから」
「ああ、そうさせてもらうよ……」
部屋に入るなり、先輩は敷いてあった布団にばたりと倒れ込む。私がその上から毛布をかけ終わったころには、既にすやすやと寝息を立てて眠っていた。
「やっぱり、来てよかったなぁ……」
こんな状態の先輩を一人にしておいたらどうなっていたかわからない。お見舞いに行こうと言い出した唯先輩に感謝しつつ、私は台所へと向かった。

とりあえず看病といったらおかゆという貧困なイメージが浮かび上がるもので。幸いお米は冷蔵庫の横にあったので、それを使わせてもらうことにした。
「えっと……、とりあえずネギと卵を入れておけばいいのかな……?」
戸棚から鍋を引っ張り出して、つたない手つきで一つ一つの工程をこなしていく。料理はあまり得意じゃないけど、病気の先輩のためだと思って頑張った。その甲斐あってか、なんとか見た目はそれらしいものに仕上がった。味の保証は出来ないけど、変なことはしてないから多分大丈夫……だと、思う。
「ん……」
おかゆを器に盛り付けて部屋へ戻ると、ちょうど先輩が目を覚ましたところだった。仰向けになっていて私の姿は見えないはずだから、足音で私が来たと分かったのだろう。
「梓……?」
「体調はどうですか?」
熱に浮かされてか、意識がふわふわしている先輩。私はおかゆを持ったまま寝ている先輩の横に座る。
「あー、さっきよりは大分ましになったかな」
「よかったです。……あの、おかゆ作ってみたんですけど、食べますか?」
「ああ、うん。ちょうど腹減ってきたところなんだ」
先輩がゆっくりと体を起こし、私の手からお皿とスプーンを受け取った。
「あ、あの、あんまり上手く出来てなかったらすみません!」
「気にしないよ。てか、十分美味そうだし」
そう言って先輩はおかゆを口に運んだ。ゆっくりと、何度も咀嚼して、やがて飲み込んだおかゆは食道を通って胃の中に収まる。
「うん、美味い」
「よかった……」
先輩の言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。その間にも先輩は二、三口とおかゆを食べ進めていたが、急に手を止めて私の顔に視線を落とした。
「もういいんですか?」
「いや、そうじゃなくて」
私の目を見つめて、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべる先輩。その笑顔に普段の元気な先輩を垣間見た私は、安心感とともに不安感を覚える。そしてその不安は案の定、的中することとなった。
「食べさせてくれないかなー、って思って」
「食べさせ……って、な、何言ってるんですか、急に!?」
「いいだろ、病人なんだから?」
先輩は普段出さないような、ちょっと幼い感じの声でおねだりしてくる。それがどことなく可愛らしくて、不覚にもドキッとしてしまった。風邪を引いてても先輩には逆らえないのかな、と、心の中で苦笑した。
「う……わ、分かりましたから、そんな目で見ないでください!」
しぶしぶ先輩から皿とスプーンを受け取り、一口分すくって先輩の口元におかゆを持っていく。もちろん、“あの”お決まりの台詞とともに。
「あ、あーん……」
「あーん……。うん、さっきより美味くなった気がする」
「気のせいですよ……」
顔が沸騰したように熱い。きっと今、私の顔は先輩よりも赤くなっていることだろう。
先輩は満足そうな顔で私を見ている。本当は元気なんじゃないだろうか、この人は。看病疲れじゃなく、気疲れで倒れちゃうかもしれない……。

サク先輩がおかゆを食べ終わり、薬を飲んで少し元気になっていたので、しばらくの間は二人で他愛もない話をしていた。今日私がここに来ることになった経緯を説明すると、先輩は「ははは、唯らしいな」とおかしそうに笑った。私もそれにつられて笑ってしまった。お金がなくて買えないとかで暖房器具が一切ない部屋なのに、どこかストーブでも点けたような温かさが部屋の中に広がっていた。
「あ、そういえば。先輩、フルーツ食べますか?」
唯先輩の話をしていて、私はふとムギ先輩から手渡されたフルーツバスケットの存在を思い出した。さっき台所に持っていってそのまま置きっぱなしにしたから、つい忘れてしまっていたようだ。
「フルーツか……。まあそんなに腹は減ってないけど、健康に良さそうだし、戴こうかな」
先輩の返事に私は「わかりました」と返して、再び台所へと向かう。バスケットには実に多種多彩なフルーツが盛り合わせてある。私はその中から網目模様の入った大きい緑色の球体を取り出し、切るのにちょっと手間取りながらも一口サイズに切り分け、先輩の元へ持っていった。ついでにいつでも取りやすいようにとバスケットを先輩の枕元に置いておく。
「メロンなんて何年ぶりに食べるかな……。紬に感謝しないと」
「でもメロンって夏の果物ですよね? さすがムギ先輩……」
二人してムギ先輩の底がうかがえないお嬢様度合いに感嘆しつつ、切り分けたメロンを頬張る。季節外れにも関わらず、そのメロンは口の中に極上の甘みを残して溶けていく。こんなに美味しいメロンを食べたのは初めてかもしれない。やっぱり高級品なんだろうなぁ、と――きっと先輩も一緒に――心の中で呟いた。
「しかし、紬もたかが風邪でこんな豪勢なもの持ってこなくていいのに。リンゴだろ、オレンジだろ、マンゴーだろ……」
先輩が枕元に置いたバスケットの中を漁りだす。季節感を全く無視したそれは、まるで天からの贈り物のように思えた。
「ん……? これは……??」
先輩が何かを発見したようだ。珍しいフルーツでもあったのかな? まあ、これだけあればドリアンとか入っていてもおかしくないかもしれな……。
「へっ?」
突然、頭の上に何かが乗せられる感触がした。「スポン」とアニメのような効果音が鳴ってもおかしくないくらい、“それ”は鮮やかに私の頭にフィットした。
「ふふ、やっぱ似合うな」
「先輩、何したんですか!?」
「いや、梓を“あずにゃん”にしただけだけど?」
「な……!!」
とっさに手で頭をまさぐってみると、そこには確かに二本の“ネコミミ”が立っていた。そういえば、唯先輩がバスケットの中に入れてたんだっけ……。すっかり忘れてた……。
「これはあれか? 梓を食べちゃってもいいっていうメッセージと受け取っていいのかな?」
ニコニコと笑みを浮かべて先輩が私を鑑賞している。今さらながら、狭い室内に二人きり、しかも男の人の部屋にお邪魔しているというシチュエーションを意識してしまい、顔が熱くなってきた。

『大丈夫だって。サクは風邪引いてるんだから、襲われたりはしないよ』

頭の中で律先輩の言葉がリフレインする。そうだ、サク先輩は病人なんだから、そんな、襲う……なんてこと、出来るはずがない。第一、先輩がそんなことをするはずがない。だって、先輩はいつだって凛としていて、誰からも好かれるような、格好いい先輩だから。私が憧れる、大好きな先輩だから。
「梓……」
「きゃっ……!」
そんな私の理想を打ち壊すかの如く、先輩は私を、覆いかぶさるようにして抱きしめてきた。先輩の体重を受け止められなかった私は、そのまま布団の上へと押し倒される。
身体が反射的に固くなる。信じていた人に裏切られた悲しさと、このまま流されてもいいかなという気持ちが心の中で葛藤していた。
「はぁっ、はぁっ……」
「せ、せんぱい、ダメで…………先輩?」
私に覆いかぶさり息を荒げていた先輩に、これから身に起こるであろう事柄を想像し恐怖を覚えていた私だったが、どうも様子がおかしいことに気が付いた。見ると、先輩は頭を押さえて苦しそうにしている。もしかして、先輩……。
「……悪い、ちょっと熱が上がってきたみたいだ……」
先輩の予想通りの一言で、私の身体に張り詰めていた緊張が一気に解けていった。急に熱が上がって自分の体を支えられなくなっただけ。ただそれだけのことだったのに、勝手に変なことを想像して先輩を疑ってしまった自分に嫌気がさした。同時に、少しだけ残念だったなと思ってしまう自分もいて、そんな自分に気が付いてまた顔が熱くなった。
「大丈夫ですか? もう、ふざけすぎたんですよ……」
私は自分の小さな手で、先輩の大きな頭を優しくなでた。自分でもどうしてそんな行動を取ったのか分からないけど、風邪で苦しむ先輩を見ていたら、自然と手が動いてしまった。母性本能ってやつかもしれない。普段完璧な先輩だけに、こういう風に誰かに甘えているところを見るのは初めてだったから、私はみんなが知らない先輩を独占できたみたいで嬉しかった。
先輩は私を抱きしめたまま一言も発さない。どうやら眠ってしまったようだ。下手に動いて先輩を起こすのも忍びないと思った私は、先輩の熱すぎるくらいの温もりに包まれながら、そっと意識を夢の中へと手放した。


(終)



【あとがき】
どうも、ご無沙汰しております。所詮ブログ管理人の綺羅矢的です。
前回、けいおんSSのリクエストをまとめてから約一週間ぶりの更新となります。自分的にはかなり早く仕上がったんじゃないかと思います。もちろん、質的なことは別にしてですが。
自分で書いていて思ったんですが、盛り上がりが少ないですね。あと導入と本編の比率がおかしい。とりあえずコンセプトとしては「風邪」というベタなシチュエーションを書きたかっただけなので、ネタが少なく終わってしまいました。
久々に書きましたが、久々すぎて口調が分からないという(笑)。けいおんはおそらくSEEDの次辺りにキャラ把握しているはずなのに、これはまずい。ちょっと公式ガイドブックとか読み直してきます。
とりあえず僕の作品に共通して言えることは“なんか暗い”。というかローテンションなのかな? 明らかに地の文のせいだとは思うんですが、なかなか修正が利かないんですよね。
梓の話では必ず梓視点で書くという習慣が自分の中で慣例化されているんですが、そうすると地の文の文体に困る。咲夜なら完全にナレーション口調でも違和感ないんですけど、梓(というか女の子キャラ)だといまいちどういう口調で書けばいいか分からないという。でも、実際女の子視点からの方が書きやすいという複雑に絡み合うジレンマ。
次回作は唯ですが、もう構想は練ってあります。僕のSSはいつも実験なので、作風がかなり不安定になりますが、まあどうか付き合っていただきたいと思います。ではノシ
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テーマ : けいおん!
ジャンル : アニメ・コミック

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非公開コメント

乙です
個人的にはちょっと甘さ成分が足りないかな?
梓が自主的にあーんして食べさせる方が良かったかも

あと咲夜熱あるのに余裕だなwww

お読みいただきありがとうございます!
やっぱそうですよね。何分彼女いない歴=年齢の淋しい人なので、そろそろ甘いネタのストックが尽きてきまして……。ネット上に散在する二次創作を読み漁って勉強してきますw
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